癌研究者
悪性腫瘍(あくせいしゅよう、英: malignant tumor)は、遺伝子変異によって自律的で制御されない増殖を行うようになった細胞集団(腫瘍、良性腫瘍と悪性腫瘍)のなかで周囲の組織に浸潤し、また転移を起こす腫瘍である。悪性腫瘍のほとんどは無治療のままだと全身に転移して患者を死に至らしめる[1][2]。
一般に癌(ガン、がん、英: cancer、独: Krebs)、悪性新生物(あくせいしんせいぶつ、英: malignant neoplasm)とも呼ばれる。
「がん」という語は「悪性腫瘍」と同義として用いられることが多く、本稿もそれに倣い「悪性腫瘍」と「がん」とを明確に区別する必要が無い箇所は、同一語として用いている。
語義
「悪性腫瘍(malignant tumor)」は、一般に「がん(英: cancer、独: Krebs)」として知られているが、病理学的には漢字で「癌」というと悪性腫瘍のなかでも特に「癌腫(上皮腫、carcinoma)」のことを指す。
日本語では平仮名の「がん」と漢字の「癌」は同意ではない。平仮名の「がん」は、「癌」や「肉腫」、白血病などの血液悪性腫瘍も含めた広義的な意味で悪性腫瘍を表す言葉としてつかわれているからである。したがって癌ばかりでなく肉腫や血液悪性腫瘍も対象にする「国立がん研究センター」や各県の「がんセンター」は平仮名で表記する[3]。
「癌」を表す「cancer」は、かに座 (cancer) と同じ単語であり、乳癌の腫瘍が蟹の脚のような広がりを見せたところから、医学の父と呼ばれるヒポクラテスが「蟹」の意味として古代ギリシャ語で「καρκίνος (carcinos)」と名づけ、これをアウルス・コルネリウス・ケルススが「cancer」とラテン語訳したものである。
漢字の「癌」は病垂と「岩」の異体字である「嵒」との会意形声文字で、本来は「乳がん」の意味である。触診すると岩のようにこりこりしているからで、江戸期には「岩」と書かれた文書もある。有吉佐和子の小説「華岡青洲の妻」には、乳がんを表す「岩(がん)」ということばが頻出する。
「癌」は当初「腺」「膵」と同様幕末の国字と思われていたが、中野操によって宋代より『衛済宝書』(1170年)、『仁斎直指方』(1264年)など多くの使用例があることが確認され、否定された。
「悪性腫瘍」は「悪性新生物」とも呼ばれることがあるが、malignant neoplasmの訳語として作られた言葉で、malignant「悪性の」、neo「新しく」、plasm「形成されたもの」を意味する。
なお、「癌」という言葉は、上記の用法をもとに比喩的に用いられることがあり、社会の機構や組織について「○○は△△のがんだ」ということがある[4]。
概念
「悪性腫瘍」とは、腫瘍の中でも、特に浸潤性を有し、増殖・転移するなど悪性を示すもののことである。
ヒトの身体は数十兆個の細胞からなっている。これらの細胞は、正常な状態では細胞数をほぼ一定に保つため、分裂・増殖しすぎないような制御機構が働いている。 それに対して腫瘍は、生体の細胞の遺伝子に異常がおきて、正常なコントロールを受け付けなくなり自律的に増殖するようになったものである。この腫瘍が正常組織との間に明確なしきりを作らず浸潤的に増殖していく場合、あるいは転移を起こす場合(多くは浸潤と転移の双方をおこす)悪性腫瘍と呼ばれている[1][2]。
がんの代謝
通常の細胞では、酸素が十分に供給されている時は、効率がよい酸化的リン酸化でエネルギー産生を行ない、酸素が十分に供給されない時は、効率が悪い解糖系によって、エネルギーを得ている。一方、がん細胞は、酸素が十分に供給されている環境下でも、エネルギー効率の悪い解糖系を活性化していることが知られている。この現象は、ワーバーグ効果と呼ばれている。この現象は以前から知られていたが、代謝物を一斉に測定・解析を行なうメタボロミクスによって、非がん組織と比較してがん組織で、解糖系の代謝中間体のプロファイルが明らかになり、解糖系の活性化が明確に示された[5]。
がん理解の歴史の概略
がんという病気を理解しようとする人たちは古代からおり、悪戦苦闘が繰り広げられてきた[6]。
(上述のごとく)cancerという言葉の歴史は古いもので、古代ギリシア語のkarkinos カルキノス(=カニ)に由来している[6]。あちこちに爪を伸ばし食い込んでゆく様子を、その言葉で表現したのである[6]。がん研究、腫瘍学を指す「オンコロジー」という言葉も、古代ギリシア語のoncos オンコス(=塊 かたまり)を語源としている。
古代ローマのガレノス(2~3世紀ごろ)は、がんは四体液のひとつの黒胆汁が過剰になると生じる、と考えた[6]。(ガレノスというのは1500年ころまでは、医学の領域で「権威」とされた人物である[6])。ガレノスの後継者のなかには、情欲にふけることや、禁欲や、憂鬱が原因だとする者もいた[6]。また同後継者には、ある種のがんが特定の家系に集中することに着目して、がんというのは遺伝的な病苦だ、と説明する者もいた[6]。
18世紀後半をすぎるころになると、がんの一因として環境中の毒(タバコ、煙突掃除夫の皮膚につく煙突の煤、鉱坑の粉じん、アニリン染料が含有する化学物質 等)もあるのでは、とする説が、多くの人によって提唱された[6]。
19世紀なかごろに、フィラデルフィアの名外科医のサミュエル・グロスは「(がんについて)確実にわかっていることは、我々はがんについて何も知らない、ということだけである」と書いた[6]。そして、そのような「何も知らない」という状況は、19世紀末の時点でも、ほとんど変わっていなかった[6]。
その後1世紀ほどを経た現在、がんについてある程度のことは分かったと言える状態になった。だが、その理解は一気になされたわけではなく、理解を進めるたびに研究者の間で新たな疑問が登場し、科学的な知識が徐々に増えてきた、という状態なのである[6]。がん研究は研究者たちにとって、多くの困難と挫折に満ちたものであった[6]。
20世紀初頭には、「感染症は特定の微生物によって引き起こされる」という説を支持する例が実験によって多数確認されため、他の病気も容易に解明されるだろうと考えたり、がんも解明されるだろうと予想する人は多かった[6]。だが、そのような予想は安易すぎたのである。
ウイルス説を巡る歴史
「がんは感染症ではない」とも考えられていた[6]。というのは白血病など、患者から家族や医療関係者に伝染することがないためである[6]。だが、動物(の個体)からとった腫瘍を他の動物(の個体)に移植すると癌が誘発されることが判った19世紀末以降は、がんにも感染性の病原体があるのかも知れないと考える人も出てきて、20世紀初頭までに原生動物・バクテリア・スピロヘータ・かびなどを調べた。それらの研究はうまくゆかず、がんの原因に感染症があると考える諸説は信用を失いそうになったが、ペイトン・ラウスが腫瘍から細胞とバクテリアを取り除いた抽出液をつくることを思いつき、それを調べれば細胞の他に作用している因子が見つかるかも知れないと考え、ニワトリの肉腫をろ過した抽出液を健康なニワトリに注射し、その鶏にも肉腫が発生するのを実験によって確認し、その腫瘍は、微小な寄生生物、おそらくウイルスに刺激され て生じたものかも知れないとした[6]。当時ウイルスの正体は分かっておらず、「…でないもの」という否定表現でしか記述できなかった[6]。科学者はがんが感染するという実験的事実から、未知の病原体が存在するであろうことにも気付いたのである[6]。その後ウサギでも同様の実験結果が得られたが、腫瘍を伝染させることに成功したのは主にニワトリ(やウサギ)の場合に限られていたので、やがてがんの一因にウイルスがあるとする説は評判が悪くなってしまい、これを支持する科学者は評判を落としてしまいかねないような状況になった[6]。異端の説だと見なされ、疑似科学者扱いされかねない空気が科学界に蔓延したのである。
ジャクソン研究所というのは、1929年に設立された組織で、今日では基礎医学研究用の規格化マウスを供給する組織として米国最大のものだが、そこでのがん発生研究のプログラムというのは、「問題は遺伝子で、ウイルスではない」という前提のもとに行われていた[6]。が、同研究所のジョン・ビットナーが、マウスのある種のがんは、母乳中の発がん因子が授乳を通じて子に移される仕組みであるという、ウイルスが関与しているという証拠を偶然に発見した[6]。だが、当時の科学界は上述のようにウイルス説を異端視していたので、ビットナーは躊躇して、それを「ウイルス」とは呼ばず「ミルク因子」と呼んだ。
信頼性の高いニュージーランドの小児肥満症の調査
ルドウィク・グロスも、ウイルスが癌の原因になることがあることを、マウスの白血病がウイルスによってうつることを示す実験を行い、それを発表・報告したのだが、がん研究者の大半はその報告をまともに受け取らず、データ捏造をしているのでは、と考える者すらいた[6]。現在で言ったら、ワシントンにある研究公正局に出頭を求められかねないような扱いをされたのである[6]。
アメリカ国立癌研究所が設立された時期、公衆衛生局局長の諮問委員会は、がんの原因としてウイルスは無視できると結論づけた[6](結論づけてしまうような有様だった)。
「ミルク作用力」はウイルスと解釈することについて、科学として認め、科学的にまじめに検討すべきだ、という認識ができてきたのはようやく1940年代末のことだった[6]。状況を変えたのはジャコブ・ファースであった[6]。ファースはすでに高名な科学者であったが、その彼がグロスの実験を、それに用いるマウスの種類まで正確になぞることで、実験に再現性があること、事実であることを証明した。それによって基礎医学者たちがようやくウイルスが関与することがある、ということを理解するようになったのである[6]。かくして、長らく異端者のように扱われてきたペイトン・ラウスは、1966年に85歳でノーベル医学生理学賞を受賞した[6]。
悪性腫瘍に関連する医学的分類
癌腫 | 肉腫 | |
---|---|---|
由来 | 上皮性 | 非上皮性 |
発育速度 | 速い | より速い |
年齢 | 高齢者 | 若年者 |
転移行性 | リンパ行性 | 血行性 |
構造 | 胞巣構造 | 混合 |
悪性腫瘍(malignant tumor)の用語は病理学において以下のように分類される。
疫学
-
がん発生比率(男性、米国、2008)[10]
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がん死亡比率(男性、米国、2008)[10]
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がん発生比率(女性、米国、2008)[10]
-
がん死亡比率(女性、米国、2008)[10]
日本では1981年から死因のトップとなり、2006年度は死因の3割を占めている[11]。
世界保健機関 (WHO) によれば、2005年の世界の5800万人の死亡のうち、悪性腫瘍による死亡は13%(760万人)を占める。死亡原因となった悪性腫瘍のうち、最多のものは肺がん(130万人)で、胃がん(100万人)、肝がん、大腸がん、乳がんなどが続く。悪性腫瘍による死亡は増加し続け、2030年には1140万人が悪性腫瘍で死亡すると予測されている。
WHOによると、禁煙・健康的な食生活・適度な運動により、悪性腫瘍による死亡のうち、40%は予防可能であるとされる。特に喫煙は予防可能な死亡の最大の原因とされ、肺がんの80-90%が喫煙に起因する。受動喫煙も肺がんの原因である。
後述環境と食事・予防も参照
発生機序
悪性腫瘍が生じるしくみについては様々な説明がある。比較的多い説明というのは、遺伝子におきた何らかの変化・病変が関わって生じている、とする説明である。では、その遺伝子の何らかの病変がどのように生じているのか、ということに関しては、実に様々な要素・条件が指摘されていて、研究者ごとにその指摘の内容や列挙のしかたは異なる。数百年前に比べれば、かなり多くのことが判ってきてはいるものの、現在でも悪性腫瘍発生のしくみの全てがすっきりと解明されているとも言えず、研究者を越えて同一の考え方が共有されているとも言い難い。
発生機序について、どの説明でもほぼ共通して言及されている内容というのは、何らかの遺伝子の変化と細胞の増殖の関係である。その説明というのは例えば以下のようなものである。
- 身体を構成している数十兆の細胞は、分裂・増殖と、「プログラムされた細胞死」(アポトーシス)を繰り返している。正常な状態では、細胞の成長と分裂は、身体が新しい細胞を必要とするときのみ引き起こされるよう制御されている。すなわち細胞が老化・欠損して死滅する時に新しい細胞が生じて置き換わる。ところが特定の遺伝子(p53など、通常複数の遺伝子)に変異(=書き変わること)が生じると、このプロセスの秩序を乱してしまうようになる。すなわち、身体が必要としていない場合でも細胞分裂を起こして増殖し、逆に死滅すべき細胞が死滅しなくなる。
ただし、数十兆個の細胞で構成されている人体全体では、実は、毎日数千個単位で遺伝子の病変は生じており、それでも健康な人の場合は一般に、体内に生じた遺伝子が病変した細胞を、なんらかのしくみによって統制することに成功しており(免疫やいわゆる自然治癒力)、遺伝子が病変した悪性のがん細胞が 体内にある程度の個数存在するからといって、必ずしも人体レベルで悪性腫瘍になるというわけでもない、ということも近年では明らかにされている。
一方で「全ての遺伝子の突然変異ががんに関係しているわけではなく、特定の遺伝子(下述)の変異だけが関与している」と述べたり主張したりする研究者もいるが、他方で、「発癌には様々なプロセスが関わっている」「がんに関与する因子ならびにがんに至るプロセスは単一ではなく、複数の遺伝子変異なども含めて様々な機構の不具合が関与する」とする研究者もいるのである(多段階発癌説)。臨床の現場で「悪性腫瘍」と判断される段階に至るまでには、個々の細胞の遺伝子の変化以外にも、人体のマクロレベルで働いている機構(例えば、がん化した細胞を制御する免疫機構、広く自然治癒力とも呼ばれているしくみなど)が不具合に陥ってしまうことも含めて、さまざまな内的・外的な要因が複雑に作用している、と も指摘されているのである。
近年では大規模統計、疫学的な調査によって、人々の生活環境に存在する化学物質などの外的な要因や、その人の生活習慣など、様々な条件・要因が悪性腫瘍発生の要因として働いている、と分析されるようになっている(後述)。また、今日では、最近研究が進んだエピジェネティック研究も反映して、遺伝子のエピジェネティック変化が要因となることもある、と指摘されることもある。
このように悪性腫瘍の発生機序については、諸見解があるものの、いずれにせよ、そうして生じた過剰な細胞は組織の塊を形成し、臨床の場でも認識できるようになり、医師等によって「腫瘍」あるいは「新生物」と呼ばれるようになる。そして、腫瘍は「良性(非がん性)」と「悪性(がん性)」に分類されることになる。良性腫瘍とは、まれに命を脅かすことがあるが(特に脳に出来た場合)、身体の他の部分に浸潤や転移はせず、肥大化も見られないものをそう呼んでいる。一方、悪性腫瘍は浸潤・転移し、生命を脅かすものをそう呼んでいるのである。
がん発生に関与する遺伝子群
現在、がん抑制遺伝子といわれる遺伝子群の変異による機能不全がもっともがん発生に関与しているといわれている。たとえば、p53がん抑制遺伝子は、ヒトの腫瘍に異常が最も多くみられる種類の遺伝子である。p53はLi-Fraumeni症候群 (Li-Fraumeni syndrome) の原因遺伝子として知られており、また、がんの多くの部分を占める自発性がんと、割合としては小さい遺伝性がんの両方に異常が見つかる点でがん研究における重要性が高い。p53遺伝子に変異が起こると、適切にアポトーシス(細胞死)や細胞分裂停止(G1/S細胞周期チェックポイント)を起こす機能が阻害され、細胞は異常な増殖が可能となり、腫瘍細胞となりえる。p53遺伝子破壊マウスは正常に生まれてくるにもかかわらず、成長にともなって高頻度にがんを発生する。p53の異常はほかの遺伝子上の変異も誘導すると考えられる。p53のほかにも多くのがん抑制遺伝子が見つかっている。
一方、変異によってその遺伝子産物が活性化し、細胞の異常な増殖が可能となって、腫瘍細胞の生成につながるような遺伝子も見つかっており、これらをがん遺伝子と称する。これは、がん抑制遺伝子産物が不活性化して細胞ががん化するのとは対照的である。がん研究はがん遺伝子の研究からがん抑制遺伝子の研究に重心が移ってきた歴史があり、現在においてはがん抑制遺伝子の変異が主要な研究対象となっている。
sintomas ·デ·食欲不振
分化度
ヒト(の身体)を構成する60兆とも言われる細胞は、1個の受精卵から発生を開始し、当初は形態的機能的な違いが見られなかった細胞は各種幹細胞を経て組織固有の形態および機能をもった細胞へと変化してゆく。この形態的機能的な細胞の変化を分化という。細胞の発生学的特徴の一つとして、未分化細胞ほど細胞周期が短く盛んに分裂増殖を繰り返す傾向がある。通常、分化の方向は一方向であり、正常組織では分化の方向に逆行する細胞の幼若化(=脱分化)は、損傷した組織の再生などの場合を除き、発生しない。
しかし、がん細胞は特徴の一つに幼若化/脱分化するという性質があるため、その結果分化度の高い(=高分化な)がん細胞や、ときには非がん組織から、低分化あるいは未分化ながん細胞が生じる。細胞検体の検査を行ったとき、細胞分化度が高いものほど臓器の構造・機能的性質を残しており、比較的悪性度が低いと言える(ただしインシュリノーマ等の内分泌腺癌など、例外はある)。また、通常は分化度の低いものほど転移後の増殖も早く、治療予後も不良である。
化学療法は、特定の細胞周期に依存して作用するものが多いため、細胞周期が亢進している分化度が低いがんほど化学療法に対して感受性が高いという傾向がある。なお、腫瘍細胞への作用原理・特性などは化学療法 (悪性腫瘍)の項に詳しく記した。
発生要因
「がんの発生機序」の項で述べたように、要因については様々な説がある。悪性腫瘍(がん)は、細胞のDNAの特定部位に幾重もの変異が積み重なって発生する、と説明されることは多い。突然変異が生じるメカニズムは多様であり、全てが知られているわけではない。遺伝子の変異は、通常の細胞分裂に伴ってもしばしば生じていることも知られており、また偶発的に癌遺伝子の変異が起こることもありうる。それ以外に、発癌の確率(すなわち遺伝子の変異の確率)を高めるウイルス、化学物質、放射線(環境放射線、人工放射線、X線撮影やCTスキャン等による医療被曝[12])… 等々等々、多様な環境因子、様々な要因が明らかになってきている。
しかし、DNA修復機構や細胞免疫など生体が持つ修復能力も同時に関与するので、水疱瘡が、水痘・帯状疱疹ウイルス (Varicella-zoster virus) の感染で起こるといったような1対1の因果関係は、癌においては示しにくいことが多い。
なお、発癌機構については発癌性の項に詳しく記した。
生活習慣(肉食、塩分、喫煙、飲酒など)
喫煙と数多くの部位のがんとの間に強い相関があることが、数十年にわたる調査での一貫した結果によって明らかになっている。数百の疫学調査により、たばことがんとの関係が確認されている。アメリカ合衆国における肺がん死の比率とたばこ消費量の増加パターンは鏡写しのようであり、喫煙が増加すると肺がん死比率も劇的に増加し、近年喫煙傾向が減少に転じると、男性の肺がん死比率も減少している。日本政府が日本たばこ産業の株の半数以上を保有しているため、喫煙規制や禁煙に関する動きが進みにくかったという指摘が渡邊昌によってなされており[13]、がんの死亡率の1位が肺がんとなっている。
米国国立がん研究所の公開資料によると、「食事の違いはがんの危険を決定づける役割を持っている。タバコ、紫外線、そしてアルコールは顕著な関係が識別できるのに対して、食事の種類とがんに罹る危険性との関係を明らかにすることは難しい。脂肪とカロリーの摂取を制限することは、ある種のがんの危険率を減少させる可能性があると明らかとなっている。(脂肪に富んだ)大量の肉と大量のカロリーを摂取する人々は、特に大腸がんにおいて、がんの危険が増大することが図より見て取れる。」と指摘している[14]。
いわゆる「食生活の欧米化[15]」は、乳房や前立腺や大腸のがんとの関連が強いと考えられ[16]、実際に部位別の死亡率は増えている[11]。つまり、近年になって日本人に大腸癌や乳癌が増えてきた原因のひとつには、食生活の欧米化による動物性脂肪の摂取の増加と食物繊維の摂取不足がある、と指摘されているのである。大腸での便の停滞時間が長くなって発癌物質が大腸粘膜と長時間接するため大腸癌が多くなったと考えられているのである[17]。
ストレス:ストレスを与えると、血流の低下、免疫力の低下につながり、がんになる確率が上がる。
低体温症:がん細胞は低い温度を好むため、平常時体温が36.0℃を下回る人はがんになる確率が上がる。また、体温低下で免疫力が低下する[18]。
WHOと国際がん研究機関 (IARC) による、「生活習慣とがんの関連」についての報告がある[19]。
病因微生物
一部の悪性腫瘍(がん)については、ウイルスや細菌による感染が、その発生の重要な原因であることが判明している。現在、因果関係が疑われているものまで含めると以下の通り。
なお、癌に関与するウイルスは腫瘍ウイルスの項に詳しく記した。
これらの病原微生物によってがんが発生する機構はさまざまである。ヒトパピローマウイルスやEBウイルス、ヒトTリンパ球好性ウイルスなどの場合、ウイルスの持つウイルスがん遺伝子の働きによって、細胞の増殖が亢進したり、p53遺伝子やRB遺伝子の機能が抑制されることで細胞ががん化に向かう。肝炎ウイルスやヘリコバクター・ピロリでは、これらの微生物感染によって肝炎や胃炎などの炎症が頻発した結果、がんの発生リスクが増大すると考えられている。またレトロウイルスの遺伝子が正常な宿主細胞の遺伝子に組み込まれる過程で、宿主の持つがん抑制遺伝子が欠損することがあることも知られている。ただしこれらの病原微生物による感染も多段階発癌の1ステップであり、それ単独のみでは癌が発生するには至らないと考� ��られている。
遺伝的原因
大部分のがんは偶発的であり、特定遺伝子の遺伝的な欠損や変異によるものではない。しかし遺伝的要素を持ちあわせる、いくつかのがん症候群が存在する。例えば、
遺伝的素因と環境因子の双方により発癌リスクが高くなるものとして、アルコール脱水素酵素の低活性とアルコール多飲がある。これらが揃うと頭頸部癌(咽頭癌・食道癌など)の罹患率が上昇する。日本を含むアジアではアルコール脱水素酵素(ADH1B)の活性が低い人が多い。
予防
子宮頸癌は発癌リスクを軽減できるHPVワクチンが日本でも認可された。胃癌はヘリコバクター・ピロリを除菌することにより、発癌リスクを軽減できることが報告されている。B型肝炎はエンテカビルによりHBVウイルスを減少させることで、C型肝炎はインターフェロン療法によりHCVを駆除することにより、発癌リスクを軽減できることがわかっている。
がん予防10か条(世界がん研究基金)
2007年11月1日、世界がん研究基金とアメリカがん研究協会によって7000以上の研究を根拠に「食べもの、栄養、運動とがん予防[21]」が報告されている。これは1997年に公表され、日本では「がん予防15か条」などと呼ばれていた4500以上の研究を元にした報告の大きな更新である。
- 肥満 ゴール:BMIは21-23の範囲に。推薦:標準体重の維持。
- 運動 推薦:毎日少なくとも30分の運動。
- 体重を増やす飲食物 推薦:高エネルギーの食べものや砂糖入り飲料やフルーツジュース、ファーストフードの摂取を制限する。飲料として水や茶や無糖コーヒーが推奨される。
- 植物性食品 ゴール:毎日少なくとも600gの野菜や果物と、少なくとも25グラムの食物繊維を摂取するための精白されていない穀物である全粒穀物と豆を食べる。推奨:毎日400g以上の野菜や果物と、全粒穀物と豆を食べる。精白された穀物などを制限する。
- 動物性食品 赤肉(牛・豚・羊)を制限し、加工肉(ハム、ベーコン、サラミ、燻製肉、熟成肉、塩蔵肉)は避ける。赤肉より、鶏肉や魚が推奨される。ゴール:赤肉は週300g以下に。推奨:赤肉は週500g以下に。乳製品は議論があるため推奨されていない。
- アルコール 男性は1日2杯、女性は1日1杯まで。
- 保存、調理 ゴール:塩分摂取量を1日に5g以下に。推奨:塩辛い食べものを避ける。塩分摂取量を1日に6g以下に。カビのある穀物や豆を避ける。
- サプリメント ゴール:サプリメントなしで栄養が満たせる。推奨:がん予防のためにサプリメントにたよらない。
- 母乳哺育 6か月、母乳哺育をする。これは母親を主に乳がんから、子供を肥満や病気から守る。
- がん治療後 がん治療を行ったなら、栄養、体重、運動について専門家の指導を受ける。
タバコの喫煙は肺、口腔、膀胱がんの主因であり、タバコの煙は最も明確に多くの部位のがんの原因であると強調。また、タバコとアルコールは相乗作用で発癌物質となる。
がん対策の目標(健康日本21-日本厚生労働省)
2000年、厚生労働省の健康日本21[22]によってがん対策の目標が提唱されている。
333痛み
- 喫煙が及ぼす健康影響についての知識の普及、分煙、節煙。
- 食塩摂取量を1日10g未満に減らす。
- 野菜の平均摂取量を1日350g以上に増やす。
- 果物類を摂取している人の割合を増やす。
- 食事中の脂肪の比率を25%以下にする。
- 純アルコールで1日に約60g飲酒する人の割合を減少する。 「節度ある適度な飲酒」は、約20gという知識の普及。
- がん検診。胃がん、乳がん、大腸がんの検診受診者の5割以上の増加。
がんを防ぐための12か条(日本国立がんセンター)
1978年、日本の国立がんセンター(現・独立行政法人国立がん研究センター)は「がんを防ぐための12ヵ条[23]」を提唱している。
- バランスのとれた栄養をとる(好き嫌いや偏食をつつしむ)
- 毎日、変化のある食生活を(同じ食品ばかり食べない)
- 食べすぎをさけ、脂肪はひかえめに
- お酒はほどほどに(強い酒や飲酒中のタバコは極力控える)
- たばこは吸わないように(受動喫煙は危険)
- 食べものから適量のビタミンと食物繊維を摂る(自然の食品の中からしっかりとる)
- 塩辛いものは少なめに、あまり熱いものはさましてから
- 焦げた部分はさける
- かびの生えたものに注意(輸入ピーナッツやとうもろこしに要注意)
- 日光に当たりすぎない
- 適度に運動をする(ストレスに注意)
- 体を清潔に
がん検診
「がん検診」を参照
その他
アセチルサリチル酸(アスピリン)の少量長期服用で発癌のリスクを減少させることができるとの報告もある[24]。
分類
「がん」は単一の細胞を起源とする。したがって、がんは発生母地となった細胞の種類(組織学的分類)と細胞の身体的部位(解剖学的分類)とで分類できる。
組織学的分類
組織型および各腫瘍組織型の記事を参照。
なお、病期分類に関しては、腫瘍学の項か、各癌の記事に詳しく記した。
成人のがん
成人の「がん」は普通、上皮組織に形成され、遺伝的あるいは内因的特性を持つ人々が、外的要因に曝された影響による長期間にわたる生物学的プロセスの結果として生じるとおおかたの場合は考えられている。肉腫は上皮由来ではないが、悪性腫瘍として癌と同様に検査・診断・加療される。
次に例を示す:(「がん」・「癌」については、明確に癌腫の場合は「〜癌」、疾患名の場合は「〜がん」と表記している)
幼児期のがん
「がん」は幼い子供にも発生し、場合によっては新生児にも発生する。異常な遺伝形質プロセスのために細胞の複製幼若化にたいして抑制が利かないので、制御されない増殖が早期より亢進し、がん進行も速い。
また、肉腫が多いことが特徴として挙げられる。そのため、外科治療による治癒が難しいとされている。だが、抗がん剤が効きやすいという特徴も持つといわれている。そのため、現在では7割が治療に成功するとされている。
幼児期のがんの発生ピーク年齢は生後一年以内にある。神経芽細胞腫は最も普通に見られる新生児の悪性腫瘍であり、白血病(leukemia)と中枢神経がんがその次に続く。女子新生児と男子新生児とは概して同じ発生率である。しかし、白人の新生児は黒人の新生児に比べてほとんどの種類のがんにおいて大幅に発生率が高い。
新生児の神経芽細胞腫は生存率が非常に良く、ウィルムス腫瘍、網膜芽細胞腫も非常に良いが、他のものはそれほど良くない。
幼児期がんを次に示す:(概ね発生頻度順、「がん」・「癌」は明確に癌腫の場合は「〜癌」、疾患名の場合は「〜がん」とした)
診断
詳細は「腫瘍学」を参照
「がん」の診断には2つの状況がある。ひとつは臨床診断(特に病理検査)ともうひとつは集団検診(がん検診; 術後検診を含む)である。がんを根治する上で重要な点は「早期発見」と「全摘出手術の可能性検証」が挙げられる。言い換えると、集団検診と臨床診断とが効果的に機能して初めて、がん治療が成功に導かれる。また全摘出手術が困難な状況において、がんの種類によって異なる有効な治療法を選択する目的でも、臨床診断は重要である。一方、全摘出手術が成功した場合においても、再発がん、二次性がんの発生の懸念があるため、その局面においても術後定期検診は重要である。
細胞診断・生検組織診断
「がん」の組織は顕微鏡下での観察、すなわち検鏡によって、形態から鑑別される。判定像では多くの分裂中の細胞が観察され、細胞核のサイズや形状はばらばらであり、(分化した)細胞の特徴が消失している。これらは細胞診でも生検組織診でも確認できる特徴である。組織診では更に、正常な組織構造が失われていることや、周囲の組織(が一緒に採取されていれば、そこ)と腫瘍との境界が不明瞭であることが観察される。
生検組織診は、過形成、異形成、上皮内癌などと浸潤癌との鑑別に有用である。
進行度
「がん」の進行度を表すものとして「TNM分類」や「ステージ分類」がある。
治療
「がん」治療の代表的なものを次に挙げる
なお、がんの治療の詳細については、腫瘍学の項に詳しく記した。
- ※日本におけるがんの在宅医療が適切なので、英語版の翻訳は割愛した。
がん治療後の生活の質の向上
がん治療後の最大の関心事は再発の有無であり、又は、がんが残っている場合にはその推移である。このため、治療後も主治医による定期的な検診を受けて状況を正しく把握しつつ生活を再建していくことが肝要である。
がん治療は手術による切除などを伴うことが多く、治療後の生活は、例えば治療によってがんそのものは完治した場合であっても、大きく影響を受けることが多い。がんができた場所によって治療により影響を受ける機能は千差万別であり、対処法もそれぞれに異なる。一般に、切除などによって失われる体の機能をできる限り小さくし、失われた機能を補う手段を用いて、治療後の生活の質(QOL, Quality Of Life)を従来よりも向上させる努力が進められている。
失われた機能を補う手段として以下のものがある。術後は局所的な失われた機能そのものだけでなく、関連して周囲の障害や不自由さが生じることも多いので、それぞれにおいて必要なリハビリを行うことも重要である。
ストーマ
直腸がんで肛門に近いところにがんができた場合や肛門にがんができた場合、人工肛門(消化器ストーマ)が作られる。また、膀胱がんで膀胱と尿道をとる必要がある場合、人工膀胱を用い、尿の排泄口である尿路出口(尿路ストーマ)が作られる。手術後、ストーマによる排泄をスムーズに行えるようにするケア(ストーマケア[26])の方法が十分に習得できてから退院する。ストーマがあっても入浴はでき、体力が回復すれば仕事や学業に復帰することも可能である。
気管孔
気管孔は鼻または口から肺へ空気を導入して呼吸することができなくなる場合に、気管を外部へつなげる穴を開けて呼吸を確保するものである。首のつけねの前の位置に丸い穴をあける。気管孔は治療の過程で呼吸を確保するために一時的に設ける場合もあり、この場合は通常の呼吸が可能になると共に閉じられる。 他方、咽頭、喉頭、またはその近くにがんがあり、治療により咽頭を全部切除しなければならない場合、そのままでは食事も呼吸もできなくなるので、口に通じる食道を気管と完全に分けて形成し、気管の出口を気管孔につなげる。この場合を永久気管孔という[27]。
永久気管孔を設けた場合、首に穴があいたままになる。術後の日常生活が受ける主な影響として次のものがある。
- 入浴時などに気管孔に水が入らないように注意する。水泳、潜水は、できない。
- 声帯がないので声がでなくなる。筆談やジェスチャーで会話する他、電気発声法(人工喉頭)、食道発声法などを習得することにより、声を取り戻すことも可能である。
- 食事は、においをかぐことができなくなるなどの影響を受けるが、何でも食べられる。
再建術
エピテーゼ
体の表面につける人工物をエピテーゼという。手術によって体の外見に関わる変化を生じてしまった場合、機能的な不自由さのみならず、精神的なダメージを被ってしまう場合もあるが、エピテーゼを用いることで改善を図れる場合がある。日本では2006年9月現在、エピテーゼは医療行為として認められておらず、保険外となる。
人工乳房
乳がんの治療では、抗癌剤、放射線治療の併用により乳房温存できる場合が増えている。治療法とそれによる様々な影響、治療後のリスクなどについて、十分に医師と患者の双方が納得して治療を行うことが重要である。切除手術を行った場合、人工乳房が各種開発されているので用いることができる。
顔面エピテーゼ
頭頸部がんでは治療によって顔面の一部の機能が損なわれたり、一部が失われたりする場合がある。手術に放射線治療、化学療法を併用することにより、失われる機能を最小限にする努力が進められており、切除範囲は縮小する傾向である。また、再建術も多く行われている。術後に予想される変化とリスクを医師と患者が話し合い、双方が納得して治療を進めることが重要である。喪失した顔面の各部に応じてエピテーゼを制作できる。医療用の接着剤またはインプラントにより装着する。近年は極めて自然な仕上がりのエピテーゼを用いることが可能になってきている。詳細は顔面エピテーゼの項目参照。
- 耳のエピテーゼ
- 耳下腺がんなどの治療では、がんの進行の度合いによって治療により聴力をはじめどの機能までを残せるか、十分な検討が必用である。耳の切除が必要となった場合、外耳の一部が残せれば耳エピテーゼを用いても強度を保て、眼鏡の使用にも耐える。
- 鼻のエピテーゼ
- 鼻は呼吸によって湿気にさらされる部分であり、外見のみでなく機能的部分も要求され、開発が進められている。
- 目およびその周囲のエピテーゼ
- 上顎がんなどが深く進行して目を含めて切除する必要がある時、残った眼窩の上に用いるエピテーゼを制作し装着できる。
- 顎義歯
義肢(義手・義足)
骨肉腫が四肢に発生した場合、かつては切断することが必須とされたが、最近では切断せずに腫瘍を切除することも可能になった。切断した場合に用いる義肢の機能も大幅に改善されている。
補遺
がんの治療によって失われた臓器の機能を補う手段が得られない場合もある。このような場合には、生活の仕方で対応するか、又は、医療的に補充する。
胃がんによって胃を全摘出した場合など、胃に代わるものは用意できないため、食道から直接小腸へと食べ物が入るようになる。少しずつ時間をかけ、何回にも分けて食べることにより、対応できる。
甲状腺がんの場合、少しでも甲状腺が残せた場合甲状腺ホルモンは分泌されるが、甲状腺を全摘出した場合には分泌されなくなる。この場合、術後は甲状腺ホルモンを生涯にわたって処方してもらう。
がんの一覧
脚注
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- ^ a b Geoffrey M.Cooper『クーパー細胞生物学』pp.593-595
- ^ 日本成人白血病治療共同研究グループ・わかりやすい白血病の話20120125閲覧
- ^ 広辞苑 第五版
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- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 『消された科学史』みすず書房、pp.79-122
- ^ "WHO Disease and injury country estimates". World Health Organization (2009年). 2009年11月11日閲覧。
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- ^ がん死亡リスク、アスピリン常用で大幅減、英大研究記事:2010.12.07 閲覧:2010.12.15
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